【工芸品ショップ泉亀誕生秘話】

       Origin story of IZUKAME 

銘木工芸品の店舗を開くきっかけと経緯についてまとめました。
「工芸品ショップ泉亀」が誕生する前のエピソードなどを書かせて頂いています。

ご一読いただければ幸いに存じます。

【何故、銘木工芸品を扱おうと思ったのか?】

1.銘木の最盛期と時の移ろい
私が幼少期を過ごした1970年代は銘木業界にとって最盛期だったと思います。
私の住んでいた銘木団地では、大きな丸太がいくつも並べられ、その丸太を製材所がフル稼働で製材し、銘木を積んだ大型トラックが団地内を行き交う。そんな場面はごく当たり前のように見られました。その銘木は新築住宅の建材として、様々な場所に用いられ、和風住宅を建てる事がひとつのステータスであるかのようでした。

それが時代の移ろいとともに銘木があまり使われない住宅も現れ始めました。私にとって住宅とは
銘木が使われた和室がある事が当然のように育ちましたので、友人の家に遊びに行ったりした時、「あれ、仏間ってないの?」「和室は何処?」と聞けば、「そんな部屋ないよ。」と平気で言われ驚いた経験が何度もありました。確かにだんだんと瓦屋根の家が減り、建材の材質も変わり、座卓や和風家具がある家も減り、和室より洋室を好む人が増えてくるのを目にして、住宅の中に銘木を使う機会が減ってきたんだなあと少しずつ実感していきました。

2.銘木のイメージ
「銘木=和風住宅」「銘木=建材」「銘木=家具」
銘木のイメージといえば、このような印象が多いのが現状だと思います。
時代の移ろいとともに、銘木が使われたり、置かれたりする家がだんだん少なくなり、人々の生活の中で銘木に触れる機会も次第に少なくなってきたのではないでしょうか?

私がまだ店舗を開業する前に、百貨店の家具売り場やインテリアショップなどに行ったりすると、銘木を使った和風家具や工芸品などを熱心にご覧になっている方々をよくお見かけしました。
他にも色々な商品があるのですが、やはり銘木を使った商品を前にして
「いいねぇ。」「落ち着くね。」「寛げるね。」と感心された様子でおっしゃいます。
そしてその後、「でも、うちには、合わないな。」「うちには大き過ぎる。」と残念そうに言われるのを耳にしました。
それを聞いて私は、
「もっと多くの人に銘木を楽しんでもらいたいな」
「もっと身近に銘木を楽しめるスタイルって提供できないのかな?」
「銘木に対するイメージを少し変えれば、もっと楽しめるようになるかな?」

と考えるようになりました。

3.銘木工芸品をもっと身近に
「銘木のイメージを変える」それは非常に難しいテーマのように感じました。
しかし「多くの方が銘木を身近に置いて眺めたり、触れたりしてみたいと思っているに違いない」と信じてそのテーマの克服に取り組みました。

そこで「何故、今、銘木を身近に感じられないのか?」と原点に返って考えてみました。
たとえば、和風家具や座卓、飾り棚などを選ぶ場合、不安要素になる事として「大きさはどうか」「部屋のインテリアに合うか」「配送は大丈夫か」が挙げられると思います。それらを完全にクリアできないと諦める場合もあり得ます。ですので、家具専門店などでは、お部屋全体のリフォーム
を含めたトータルな提案で家具一式を販売する手法を取っているお店が多いようです。お客様が望んだとおりのインテリアを実現するオーダーメイド形式です。しかし、これでは非常に大掛かりな方法になってしまいます。

では、「銘木をもっと身近に感じることができる」「身近な生活の中で銘木を楽しむ」といった
そんな方法は果たしてあるのでしょうか? 

その答えは逆転の発想の中にありました。
「場所をあまり取らない」「和洋どちらのインテリアにも調和する」「持ち運べる大きさ」
そのようなものであれば多くの方に喜んで選んでもらえるのではないかという事に気付きました。

そんな条件に合うものを模索してると『銘木工芸品』というジャンルに出会いました。そして、
「小さめの銘木工芸品で大き過ぎず重過ぎず、今の時代にマッチした斬新なデザインのもの」
「時には飾ったり、時には物を収納したり、時には持ち歩いてみたり、ができやすいもの」
「銘木の稀少価値、観賞価値、ステータスを直接的に感じられるもの」

そのようなコンセプトでマーケティングして自分が納得したものを商品として扱う店舗を開きたい
と思い始めました。

「銘木のイメージを変える」そのテーマの結論に少し近付いたなあと感じられるようになった時、
「銘木工芸品をもっと身近に感じて頂ける専門店を開こう!」という思いが強くなってきました。「工芸品ショップ泉亀」はこんな思いからスタートしました。




【泉亀(いずかめ)という屋号は・・・。】



ご質問の多い泉亀の「屋号の由来」について、ご説明申し上げます。

【屋号の由来】

店主の祖父である亀太郎は京都で9人姉弟の長男として生まれました。高齢であった両親と一家の生活を支えるため、わずか13歳で大阪の銘木問屋に丁稚奉公に出ました。奉公先の「泉平」で一から銘木について学び、松の販売を得意としていたようです。その店で番頭を務めた後、50歳を過ぎてから独立しました。自分の店の屋号を決める際に、のれん分けとして「泉平」の「泉」の一文字を頂いたので、それに自分の名前の亀太郎の「亀」を付けて「泉亀」にしたそうです。

孫である店主(秀明)の代になって銘木を扱う工芸品ショップを営むこととなり、ショップ名についてかなり悩みました。
「銘木の価値とブランド力が感じられる、インパクトのある斬新な名前」・・・。
新しい屋号はなかなか思いつきませんでした。
そう考えた時、祖父亀太郎の歩んだ道が素晴らしい偉業に思えそのまま屋号として「泉亀」を引き継ぐことにしました。

「泉亀」の読み方については、誰彼となくよく間違われます。 
「いずみかめさん?」とか「せんきさんですか?」などなど。確かに仕方がないと思います。
その都度、「いいえ、いずかめと読みます。」とご説明します。
訂正しながらご説明する度に相手の方が「いずかめさんね!」と笑って繰り返してくださいます。
そのたびに祖父も喜んでくれているような気がします。『この屋号にして良かった!』と感じられる一時です。
 



【意気込みだけはよかったものの・・・】


店舗を立ち上げるまでの不安と失敗のエピソードから商品との出会いの秘話、当店の銘木工芸品への想いとこだわりを書かせて頂きました。


【店舗を立ち上げるまで】

屋号は「泉亀」で行くことに決まったのですがその後、店舗を立ち上げるまでは、うまく行かないことも多く失敗の連続でした。『商品さえあれば店長になれる!』そんな夢見心地な気持ちが一瞬で『どうしよう・・・』に変わる事が何度もありました。

まず、お客様からのお問合わせ先は携帯電話で十分だと思っていたのですが、それであれば、銀行や公的機関は相手にもしてくれません。最初は理由も解からなかったのですが商売を始めるという事は、まず信用を得るところから始めるという事がだんだんと理解できるようになってきました。そして、固定電話を取り付け、新しくパソコンを購入し、独自ドメインを取得し、メールアドレスの設定も行いました。商品の買い付けや仕入れがメインの仕事と思っていましたが、逆に、配送や決済についての取り決めや手続き、それに伴う契約、商品の梱包材や撮影機材の購入などその周辺を固める仕事のほうが多く『いつになったら開店できるのだろう?』という不安も出てきました。

【商品との出会い】

そのような細かい仕事を段取り良く進めるため、スケジュール帳で管理し処理していくように心掛けました。

ようやく仕入れ先を探しにいく時間がとれたので、知人から紹介されたある工房を訪ねました。
その匠の作られる作品は素晴らしいものでしたが、いざ買い付けの話になると急に渋い顔をされました。どうやら作品はその匠にとっては子供のような存在で手放したくないという思いが強かったように感じられました。また別の匠には「ネットショップに出すならお断り!」とはっきり言われてしまいました。

仕入先が見つからず、途方に暮れる日々が続きました。そして今度は紹介ではなく自分の足で工房を探すことにしました。そんな時、ひとつの工房を訪ねてみました。そこで目に付いたのは、寄木細工で作られたバッグでした。確かに手の込んだ作りになっていて時間をかけた作品であることが解かりました。直感的に『これを商品として扱いたい』と思い、買い付けの交渉をしてみました。
匠は「ひとつのものを作るには時間がかかるし、二度と同じものは出来ないし、材料費もかなりかかっている。その条件を理解してもらえるのであれば。」ということで交渉が成立しました。
また「工芸技術は毎回がチャレンジ(挑戦)だと思う。作った作品は早く手放してさらに良いものを作りたい。」となるべく多くの商品を仕入れ、扱ってほしいと言われました。

そうしてようやくひとつの仕入先が決定しました。
その後、他にもいくつか仕入先が決まり、「工芸品ショップ泉亀」の門出となりました。

【商品への想い】

バッグの仕入れから始まった「工芸品ショップ泉亀」ですが、銘木工芸品を扱うショップとしては
異質な存在かもしれないと思っています。
このジャンルは非常に商品が多岐に渡っていて、家具や座卓、仏壇なども広い意味では銘木工芸品と呼ばれることもあります。しかもそれらは「一人のもの」ではなく、「一家のもの」としてのイメージが強くはないでしょうか?
また本来、建材として使われてきた銘木は天井板、床板、床柱などむしろ「家の一部」という概念に落ち着いています。

私共「工芸品ショップ泉亀」のご提案する銘木工芸品は「一人のもの」としてのイメージを強く出していきたいと考えています。
まさに「時には飾ったり、時には物を収納したり、時には持ち歩いてみたり・・・」というお客様ご自身が気軽に楽しんで頂けるシチュエーションを演出したいと思っています。
たとえば、お客様ご自身が
「部屋の限られたインテリアスペースに何かを飾りたい。」
「大切なアクセサリーを収納したい。」
「他人が持っていないようなものを持ち歩きたい。」

などとお考えの時には是非、私共「工芸品ショップ泉亀」の銘木工芸品に活躍の場を与えてあげて
下さい。
きっとあなたの想いを素敵に演出することでしょう・・・。

当店の銘木工芸品はよく「小さい」「実用性があるのか?」などのお問合せを頂戴します。
それらのご意見に関して当店では、
「小さい事を利点とし、お客様の身近に常に置いて頂きたい。」
「実用性と共に銘木工芸品としての稀少価値、鑑賞価値、ステータスを感じて頂きたい。」
とお応えしております。

当店の掲げる最大のコンセプトとして当店の銘木工芸品は『一点もの』もしくは『限定品』です。
是非、お客様あなたご自身に末永くご愛顧頂くことを心より念願致しております。

初めまして!
「工芸品ショップ泉亀」店主の大西秀明と申します。

当店について、また当店の銘木工芸品について
ご不明な点がございましたら、何なりとお気軽にお問合せ下さいませ。

真心と誠意を持って対応させて頂きます。

【店主略歴】

1970年 現在、店舗のある大阪南船場(かつての横堀)に生まれる。
1973年 横堀の銘木問屋街の移転により、父の営む「泉亀銘木店」も北摂の銘木団地に移転。
     それに伴い銘木団地内に転居。
1979年 奈良県生駒市に転居。
1986年 奈良県内の県立高校に進学。
1989年 兵庫県内の私立大学に進学。経済学専攻。大学祭実行委員長を務める。
1991年 大阪南船場に再び転居。生家に戻る。
1993年 大学卒業後、自動車販売会社、出版社の営業を経験した後、教育ソフトメーカーの
     支店長に就任。
     その後、祖父や父の影響で銘木工芸品に興味を持ち、銘木と工芸品について独学で
     勉強しながら独立を志し、プログラミングやECサイト構築の知識習得も目指す。
              銘木市場のマーケティングと銘木工芸品の買い付けに動き出した後、独立。
2013年「工芸品ショップ泉亀」を設立。
2015年 初の外部イベントとなる「第1回ギャラリー展示会」を開催。      
  

〈所持資格〉
 中学・高校教員免許、初級シスアド、Javaプログラミング資格

〈趣味〉
 美術品工芸品鑑賞 演劇鑑賞(劇団四季のファンです)
 スポーツ観戦 熱帯魚の飼育